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【本田圭佑】生い立ち・奥さん・子供3人・両親・家族を徹底調査!

 

本田圭佑選手は誰もが知るサッカー選手ですよね。そんな本田圭佑選手はサッカー選手としてだけでなく、実業家としての顔も持つなど多彩な能力を発揮しています。

 

サッカーだけでなく経済界にも影響をほどの人物ですが、どのような生い立ちなのでしょうか?

 

家族・妻・子供・両親など気になることがたくさんありますね。

 

徹底的に調査しました。

本田圭佑プロフィール

 

1986年6月13日 生まれ

大阪府出身

身長 182㎝

体重 74kg

名古屋グランパスエイト→VVVフェロン→CSKAモスクワ→ACミラン→CFパチューカ→メルボルン・ビクトリー→SBVフィテッセ

 

 

本田圭佑の妻、美沙子さん

配偶者は本田美沙子(ホンダミサコ)

ネット上には本田「美紗子」「美佐子」の漢字で出てきますが正しくは「美沙子」のようです。

 

本田選手との馴れ初めは

 

星稜高校のサッカー部キャプテンだった頃、金沢西高校との練習試合がありました。

 

金沢西高校のサッカー部のマネージャーをしていたのが奥さんの美沙子だったのです。本田選手が一目惚れし、試合後に「俺と付き合ってほしい」と告白したようです。

 

美沙子さんは驚き「はい!」としか言えなかったと噂されています。そして交際が始まりました。

美沙子さんはその後保育士の資格を取得して、保育士として働いていたようです。

 

本田選手が名古屋グランパスに入りし、2008年に22歳の時に結婚しました。

本田選手の子供は3人

2012年に男の子が誕生

2013年ブラジルW杯アジア最終予選。オーストラリア戦へ向けて成田空港にモスクワから戻ったとき、長男を抱えながら登場!報道陣もびっくりでした。

 

第1子が誕生したことがうれしさのあまりの行動であったとも言われていますが

 

実は奥さんの不妊説の一蹴することが目的だったとも言われています。

 

2014年に第2子の女の子が誕生、2016年には第3子が誕生

 

本田圭佑選手の両親

両親と兄の4人家族でしたが、本田選手が小学校2年生の頃に両親が離婚。その後父親に引き取られました。

 

母親は病弱で広島に一人暮らしをしていましたが、現在は施設に入所しているようです。時間があれば時々本田選手も会いに行っているようです。

 

父親は厳しい父親であったと本田選手も証言しています。

 

父親は「とにかく一番になれ」と言われていたようです。本田選手は父親から男としての生き方を学んだと言っています。

 

本田選手の数々の名言は父親譲りなのかもしれませんね。

 

 

本田圭佑が大切にする行動規範

1.他の誰からの支配を受けないこと
2.オープンで素直であること
3.自分の言葉と行動に責任を持つこと
4.悪いルールを壊し、良いルールを創ること
5.自分に厳しく、人に必要とさせ長所を磨き続けること
6.与え続けるためには、勝ち続けること
7.人が本当に困っている時は、損得考えずに助けること
8.何事においても理想を追求することを諦めないこと
9.常に謙虚に常に挑戦者であること
10.人を喜ばせるでは足りない、感動させること

実業家としての本田圭佑

「ホンダ エスティーロ」という会社を高校卒業直後の立ち上げたようです。

ホンダ エスティーロ株式会社に事業内容

  1. スポーツ選手のマネージメント業務
  2. スポーツ事業の企画制作や販売と配給事業
  3. サッカースクールの経営、コンサルティング業務

所属している選手やタレントには

Will Smith(ウィル スミス)や息子のJaden Smith(ジェイデン スミス)も在籍

 

クラブチームオーナーとしての本田圭佑

SVホルンはオーストリア・ニーダーエスターライヒ州のホルン郡を本拠地とするサッカークラブ

 

 

SVホルンは2015年にホンダ エスティーロがクラブ買収と騒がれていたが、正式には業務提携。2016年から運営主体をNPOから有限会社に移管し、ホルンの株式を42.77%保有し会長を2頭体制として第一会長をオーストリア人のルドルフ・ラウドン、第二会長を本田圭佑の従弟にあたる本田洋史となっている。

 

2017年以降はホンダ エスティーロが投資額を大幅に減ったことにより資金面への不安をオーストリア・ブンデスリーガ・リーグ機構に指摘された経過があります。

 

最近の本田圭佑選手

 

2019年6月にメルボルン・ビクトリーを退団後、約5ヶ月間フリーの状態でした。

 

その間Twitterで「オファーをくれ、金はいらない」などのツイートを「マンチェスターユナイテッド」「ACミラン」向けて送っていて、逆オファーだと話題になっていました。

2019年11月にオランダ1部リーグのSBVフィテッセに移籍することが決まりました。

 

かつてCSKA時代の恩師であるレオニード・スルツキーの誘いから練習に参加することで移籍が決まったようです。

 

本田圭佑は、2020年の東京オリンピックへの参加に意欲的だあることを発言しています。

オランダは若手の選手が活躍している、堂安律・板倉滉などを視察に日本代表選考スタッフが来ることも想定してのオランダ移籍だとも言われています。

 

オリンピックに向けてポジションやプレースタイルの変更も考えているようです。オリンピック世代の2列目を生かすプレーをしたいなどと発言しているようですし、ボランチでのプレーを示唆していますね。

 

 

【本田圭佑 】サッカーカンボジア代表監督!海外の反応は?本田圭佑選手 日本を代表するサッカー選手です。ビッグクラブのACミランで10番でプレーしその後メキシコのクラブに移籍しました。 ...